2016.3.11

2016.03.11 Friday

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    あれから5年。
    今まで感じた事のない様な恐怖と絶望とそんな気持ちになった。
    きっと日本中の誰もが同じ気持ちになったことだろう。

    1986年チェルノブイリ原発の事故が起きた時、僕は2歳。
    愛媛県伊方原発は、ミスが起きたばかりのチェルノブイリ原発と同じ出力調整実験を行うという選択を取った。
    僕の両親はインド行きの飛行機のチケットをキャンセルし、抗議のために家族4人で愛媛入り。
    当時では異例の5000人程の人が集まったと言う。その中には母に連れられていた石田壱成さん何かも見えたと言う。もちろんその頃壱成君はまだ子ども。

    もちろん、抗議活動を尻目に調整実験は進められ、チェルノブイリの二の足を踏む事はなかった。

    なぜ、危ないと分かっているのにやってしまうのか。

    電力のため、という大々的な嘘はもう通用しない。

    利権に利権が重なり後には引けなくなっているのだろう。

    甘い汁を吸うためにリスクを無視する。

    これはもうただのドラッグでしかない。

    こんなものは要らない。

    必要ない。

    それでも推進する意味が分からない。


    僕らは何のために生きて行くのか。

    もちろん便利な社会ってのは良いもんだし、一度知ってしまうと抜け出せない。

    しかしながら、その社会の根底にそんなドラッグが潜んでいるとしたら。

    煮えたぎる燃料棒の上にある社会。

    原子力に支えられた社会。


    そんなの声を大にして反対する。

    人が人を慈しみ、支え合い、助け合う。

    誰かが誰かを貶めたり、押し付け合ったり、憎しみ合ったり、

    そんなものが大前提の社会は嫌だ。


    僕は表現者の1人として反対する。


    5年前のあの日、

    巨大津波によって亡くなってしまったたくさんの命に、

    その後の避難生活によって亡くなってしまったたくさんの命に、

    今なお続く避難生活を送っているたくさんの命に、


    合掌。



    5年後の今日、

    僕は岐阜県各務ケ原市で演奏します。

    色々な想いが湧いて来ます。

    僕の大事な音楽仲間、吉田元くんと共に。


    本当に本当に良い社会が来ることを祈って。




    http://ameblo.jp/byebye-genpatsu/
     
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    2017.02.19 Sunday

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      コメント
      昨晩ははるばる岐阜までおいでいただきありがとうございました。

      シタールの調べは、聞く、より、音の流れ感じると言った感じでしょうか・・・。
      お話も興味深く聞かせていただきました。
      本当に有限という言葉を重く実感した1時間半でした。

      会場の関係で短い時間だったのが残念でなりません。
      いろんなお話もお聞きしたかったです。
      また是非機会をつくりたく思います。ありがとうございました。
      みずの様
      返事遅くなりました。
      こちらこそ御呼び頂きましてありがとうございました!
      またぜひよろしくお願い致します。
      これからの日本のためにも出来る事やって行きたいですね。
      引き続きよろしくお願い致します。
      • by 伊藤礼
      • 2016/04/05 12:43 PM
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